お父さん,ありがとうございました。

きのうの朝早くに父が他界しました。二週間の入院のあと眠ったまま穏やかに召されてゆきました。
86才でした。

うかつにも,去年の暮れから肝臓ガンが進行していることは本人しか知らず,ボクもふくめ家族は,
もう少し隠居生活を楽しんだあと高齢者によくある原因で亡くなるだろうと思っていました。

長い一日が終わり,長男としてのあれこれの雑用をこなしたあと,昨夜はひとりグラスを傾けながら
父との時間をふりかえました。

まずは,お父さんお疲れさま。

戦中派で苦労の多い少年時代をすごし,「こんな長生きするとは思てへんかった」という本人の
言葉どおり恵まれた天寿だったのでしょう。



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*祖父からうけついで50年間続けた酒屋を2008年暮れに閉じました。



お父さん,ボクが一番お礼を言いたいのはどういうことかわかりますか?

ボクが10代の頃ボクの進路についてよく議論しましたが,それも含めて,「言葉」については
ボクを子どもの頃から対等な「ひとりの発言者」として尊重してくださったことです。

 「価値観がちがっても耳を傾けよう」という姿勢をボクは父から学んだのだと思います。

二番目は「美しいものへの憧れ」の大切さを教えてくださったことです。

父はボクよりずっと「耽美派」でした。

父は大阪の下町の小さな立ち飲み酒屋の店主にすぎませんでしたが,学生時代から洋画を好み,テレビや
スポーツには関心がないかわりに,映画や読書をこよなく大切にしていました。

店が忙しいときには,ボクと弟を映画館まで連れてゆき,ディズニーの『ファンタジア』やミュージカル
映画を観せて,終わる頃に迎えに来てくれたりしました。



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*ボクの人生で一番最初の「机」はたぶんこういうカウンター(笑)



晩年の父は性格の中のネガティブな部分が強くなり,ひとに対して狷介でおおらかさがなくなって
しまいましたが,ボクなどよりずっと正直で堅実なひとでした。

入院することになった日,ごく少ない外歩きの行き先である町の本屋に行き,調子が悪くなって
通りがかりの方が救急車を呼んでくださったのは,ある意味とても父らしい出来事だったと思います。

ボクはどんな人生の店じまいの仕方をするのでしょう?

父にくらべてボクはもっと「出たがり屋」で,ふらふらと生きるのが好きですから,どこかに自転車で
出かけたきり帰ってこなくなるのでしょうか?



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父はボクにとって良い教師でもあり同時に反面教師でもありました。

自分がもっと年をとってはじめてわかる父の人生の意味があるかもしれません。

あらためてひとりの人間が生きるということはシンプルであると同時になんと複雑で陰影に富んだ物語
なのだろうかと思います。

きっと父は天に行っても難しい顔をして本ばかり読んでいることでしょう。そして,ボクが通ったら,
本や映画についての意見を聞きたがることでしょう。

お父さん,もうちょっと待っとってや。ちゃんと運動もせんとあかんよ。そっちでは配達もせんで
ええから,足腰が衰えないように気をつけんと。

またお会いできる日を楽しみにしていますよ。
それまでさようなら。





by pedalweb | 2017-05-13 14:01 | 暮らしの中のあれこれ | Comments(0)